思考断片

日本人の魂の食品になるためのもうひとつの条件...それはある意味簡単なことで、合理性があるかどうかだ。

 

 日本の食文化は豊かだと思う。昔からある日本食はもちろんのこと、フランス、イタリア、ドイツ、イギリス等々、ヨーロッパ各国の料理を出す専門店には事欠かないし、中国や韓国から、東南アジア、中近東、アフリカなどの各国まで、世界中のありとあらゆる料理が、日本にいながらにして楽しめる状況になっている。日本の消費者は、こうしたバラエティーに富んだ選択肢を与えられ、それぞれの好みに応じて、日々舌鼓を打っている。

 ただ、こうした選択肢の多くは、「たまに食べに行く非日常食」だ。そして、そんな中から「毎日でも食べに行く日常食」になるものが出てくる。日本に新たに入ってくる食べ物が、日本の日常食になるかならないかは、どこで決まるのだろうか。

 まずは、一定数以上の日本人の舌に受け入れられるだけのおいしさがなければならない。しかも、飽きのこないおいしさである必要がある。ここまでは、割とよくある話だ。

 しかし、日本人の茶の間にまで入り込み、ご飯や味噌汁のように、日本人の魂の食品になるためには、もうひとつの条件があると思う。それはある意味簡単なことで、合理性があるかどうかだ。

 例をひとつ挙げれば、少し古い話になるが、「朝食にトースト」だ。核家族化が進み、朝があわただしくなった高度成長期の日本においては、アメリカから入ってきた「朝食にトースト」のスタイルは、まさに導入する合理性があった。さらに「一億総中流」という「イズム」にも裏打ちされていた。

[2016/08/21]

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INFORMATION

小平隆一
株式会社ブランスリー報道社
代表取締役社長

青山学院大学英米文学科中退
武蔵野美術大学油絵学科卒業

東京都世田谷区在住